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ナポリ祭&東インド会社軍閲兵式&追撃!私掠vs私掠

更新サボりすぎてて何から書いたものか、という感じですが、SSで振り返ります。


まずはこれ!

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ロンドン祭の景品用に、アレク剣をゲットしてきました。前ちゃんありがと~♪


そしてリリィでナポリ祭に参加。

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参加させてもらうのは確か3度目かな?
毎回暖かくて賑やかで大好きな祭です。バザーがすげええええ
美味しそうなデザートをたくさん食べさせてもらいました。
あと服も。ほくほく。


この日は「プラッシーの戦い250周年記念 東インド会社軍閲兵式」もあったり、大海戦反省会もあったりで大忙し。

リリィで白熱のナポリオークションをROMりつつ、カートで閲兵式に。

2007y06m24d_121547921.jpg


制服っていいね!

2007y06m24d_121442468.jpg


俺も服お借りしてコスプレ。これはインド人傭兵セポイの衣装をイメージしているそうです。
俺はなんかいかにもコスプレって感じですが、隣のアレさんが似合いすぎです。


東インド会社のイベントは、毎回歴史好き垂涎の講釈があるんですよのう。

総帥に許可をもらって転載

ヘンリー・バシンホーン>皆様、本日はお忙しいところをお集まり頂きまして、まことに有難うございます
ヘンリー・バシンホーン>そろそろ時間となりましたので
ヘンリー・バシンホーン>只今より、「プラッシーの戦い250周年記念:英国東インド会社軍閲兵式」を開催いたします!
ヘンリー・バシンホーン>簡単に、「プラッシーの戦い」について御説明しましょう
ヘンリー・バシンホーン>イギリスがインドに進出しておよそ100年後の、18世紀初頭
ヘンリー・バシンホーン>勢力を拡大しつつあったイギリス東インド会社は、衰退しつつあるムガール帝国から関税免除特権を与えられますが
ヘンリー・バシンホーン>これは現金収入の多くを関税に依っていたインドの地方領主に大きな打撃を与えました。
ヘンリー・バシンホーン>特に商業の盛んなベンガル地方(カルカッタ周辺)では、以前から関税問題で東インド会社とベンガル太守との対立が続いていました。
ヘンリー・バシンホーン>1756年、即位したばかりの若き太守シラージュ・ウッダウラは、フランスと手を結んでイギリス勢力をベンガル地方から追い落とす事を決意
ヘンリー・バシンホーン>太守に通告せずに要塞工事を進めたことを理由に、カルカッタを急襲し占領します。
ヘンリー・バシンホーン>この時、捕虜になったイギリス人は狭い地下牢に押し込められ、120名余が命を落としました。
ヘンリー・バシンホーン>これを“ブラックホール事件”と呼びます。
ヘンリー・バシンホーン>この事態を受けて、イギリス東インド会社は反撃のため翌1757年1月にマドラスから海路で会社軍を派遣
ヘンリー・バシンホーン>総司令官として、フランス東インド会社軍との戦いで名を上げた会社軍将校・陸軍大佐ロバート・クライヴ卿を任命しました。
ヘンリー・バシンホーン>クライヴは1751年のアルコット要塞攻防戦で、
ヘンリー・バシンホーン>わずか500の兵を率いて1万のカルナティック太守軍を撃退した英雄でした。
ヘンリー・バシンホーン>クライヴは上陸すると直ちにカルカッタを奪還し、
ヘンリー・バシンホーン>さらに進撃して3月にはベンガル太守と同盟するフランス東インド会社の拠点シャンデルナゴルを攻め落とします。
ヘンリー・バシンホーン>驚いたベンガル太守は、一時的にイギリス側と講和しますが
ヘンリー・バシンホーン>フランスからの援助を受けて体勢を立て直し、再度カルカッタに進軍しようと試みました。
ヘンリー・バシンホーン>クライヴもカルカッタを出撃し、ベンガル太守軍と対峙します。
ヘンリー・バシンホーン>太守軍はフランス砲兵隊を含む5万の大軍、対する東インド会社軍はインド人傭兵(セポイ)1500を主力とする僅か2400の兵力しかありませんでした。
ヘンリー・バシンホーン>しかしクライヴは、密かにベンガル太守の座を狙っていたシラージュ・ウッダウラの伯父ミール・ジャーファル将軍と接触し、
ヘンリー・バシンホーン>これを内応させる事に成功します。
セレス・ビクトリア>(0゜・∀・)ワクワクテカテカ
ヘンリー・バシンホーン>かくして今を去ること250年前、1757年6月23日
ヘンリー・バシンホーン>カルカッタ北方 プラッシーの野で両軍は激突しました!
ヘンリー・バシンホーン>激しい戦闘が繰り広げられますが、ベンガル軍の兵力の半分以上を指揮していたミール・ジャーファルが寝返ったため、太守軍はあっけなく潰走
ヘンリー・バシンホーン>敗れた太守シラージュ・ウッダウラは4日後に捕らえられ処刑されます
ヘンリー・バシンホーン>ベンガル太守に即位したミール・ジャーファルは東インド会社の傀儡となり
ヘンリー・バシンホーン>ベンガル地方の支配権は決定的にイギリスの手に移りました。
ヘンリー・バシンホーン>これ以降、イギリス東インド会社は軍事力によってインドの植民地化を進めていく事になるのです



へえ!

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そしてその後大海戦反省会&定例会議。みなさんおつかれさまでした。



さて、そんな世界の奥行きを思い出させてくれる英国東インド会社、カリカットを拠点とするこの大商会には造船・交易・冒険のエキスパートという側面の他に、もうひとつの顔があります。それはイングランド屈指の遊撃艦隊を有しているということ。

普段は他国の冒険者・商人にとっては恐ろしい私掠海賊。フレがやられて敵討ちに俺も戦ったことがあります。(同国と戦うのは緊張しましたw)

そしていざ、大投資戦、勅命イベント、大海戦となれば、イングランドのため、その実戦慣れした力と知識を活かしてくれる彼ら、こんなに頼りになる存在もいません。

今回の勅命ツアーも、案の定海賊被害にあい、ちっくしょう!と飛び出した俺でしたが、やる気と気合いはあっても腕が伴わない自分、2人相手に大変にまずーい状況…
まあ、時間稼げればいいや!あたってくだけろ!と思ってたら、かけつけてくれたのが、ボンベイマリーンのオレンジ3人組。

フランス&ネデル私掠ふたり組を追いかけてカリカット前をうろうろしていたんですが、どうみても封鎖で、他国のPKKでてくるんじゃwという大変ほほえましい一幕もありましたが、お陰でそれ以上の被害を出さずにすみました。うわーん愛してるよおおお


ほほえましい一幕

無防備な商船をみかけるや否やすごい反射神経で舵をきるクリスさん。

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浮気すなああああw



そうこうしながら海賊追撃!
しっかしさすがに相手は速い速い。
逃がしたか…と落胆しかけたところで、NPCにつかまっているのを捕捉!

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マナル空気読み過ぎ


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ガアン。


ともあれ、3人ともありがとー!


| 航海日誌 | 10:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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